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「勝手に民藝運動」と2つのクラウドファンディング その2 久野陶園のクラファン(笠間)

「勝手に民藝運動」でわたくし笹目が勝手に支援しているクラファンの2つ目のご紹介です。それは今まさにクラファン実行中の「笠間焼発祥の地」関東最古の窯元「久野陶園」。250年の歴史がある「久野陶園」ですが、震災の影響もあり老朽化が進み、窯業としての後継者は無く、個人単位での維持管理は限界を超え、このままの存続は難しいという問題に直面しているそうです。当初の目標である400万円はクリアし、残り20日までに1000万円を目指しています。ぜひこちらからご支援ください。

そもそも笠間焼発祥の地ですので、プロジェクトの発起人であり代表の佐々倉文さんがTRUNKの事務所に来て、「久野陶園クラファンのフライヤーをデザインしてほしい」と相談されたときは、二つ返事で引き受けました。

そもそもなぜ、久野陶園の再生を彫刻家の佐々倉文さんがやり始めたのか。
それは、佐々倉さんが笠間に来た14年前に遡るあるエピソードがありました。

佐々倉さんが働いていた東京では、ものづくりをする人は必ず本業(学校の先生など)を持って、アーティストとしての制作活動は本業の合間にやること、と認識されていて「作家になるは『錯覚』」と言われ続けていたそうです。夢を諦めかけた佐々倉さんは、笠間というものづくりだけで食べている人(作家)がたくさんいる楽園のような場所があるらしいと聞いてすぐ笠間への移住を決めたそうです。
作家としての素材も決まっていないのに、つまりなんの作家になるのかも決まっていない状況であるにも関わらず! ただただ「作家になれる」という思いだけで東京での仕事をやめ、どんなところかも知らない笠間にやってきたそうです。その行動力たるや! そんな佐々倉さんが笠間に来て間もない右も左もわからない頃に優しく迎えてくれたのが、久野陶園であり、14代当主の久野慶子さんだったそうです。

つまり佐々倉さんにとって久野陶園は「作家」の原点なわけで、そんな久野陶園は笠間焼の原点でもあり、それはつまり笠間にいる作家すべての原点と言っても過言ではないわけで、そう考えると久野陶園の笠間における使命のようなものが見えてくるし、佐々倉さんが「いっちょうやるか!」と思い立ったことに納得が行くわけです。

そのあたりのエピソードを笠間オルタナティブマガジンで動画にしましたのでぜひご覧ください。

クラファン終了まであと20日、ぜひ佐々倉さんの思いが叶いますように。
ご支援お願いします!